「あれ? えーと、ロウ捜査官・・・・・・でしたっけ?どうしたんですか、こんな所で?」
 何となく見覚えのあるギザギザ頭に話し掛けられて、狼士龍は顔を上げた。
「ああ、アンタは確かナットク君・・・・・・」
「いやいや成歩堂ですって」
「・・・・・・済まない。ニホン人の名前は覚え難くてな」
「なんだ、ワザとじゃなかったんですね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「そういやアンタ、検事さんの青梅竹馬とか言ってたな」
「え?・・・っとナンですか、それ・・・?」
「ニホン語では確か『幼なじみ』とかなんとか」
「はぁ・・・まぁ・・・そうですけど。御剣となんかあったんですか?」



【トノサマン】


 その日、御剣は仕事から戻って来るなり鞄からいそいそと何かを取り出した。
 大判のハンカチを四つ折したくらいのビニールパックで、中には更に小さな袋がいくつも入っているようだ。
 御剣はそれをワクワクした様子で丁寧に開けていたという。
 そしてリビングのテーブルに中身を広げると、説明書とおぼしき紙を見ながら確認を取りはじめた。
 どうやら初心者向けに展開されているビーズキットのひとつのようだ。
 次に御剣は手芸店のロゴの入った袋を漁ると、ニッパー、ペンチ、ボンド、ピンセットなどを取り出し、こちらも丁寧に開封していた。
 目の前にいるというのに狼のことなど、まるで見向きもしない。
 それに少々苛立って、狼はつい険のある声を出してしまった。
「検事さんよォ」
テーブルにバンッと手をついて身を乗り出すと、ようやく御剣の目がこちらを向いた。
「なんだろうか?」

 キョトンとした表情はいつもなら可愛くて仕方ないものだったが、この時ばかりは憎らしさが募るだけだった。
「ようやく取れた休暇で、はるばるニホンまでアンタに会いに来たオレに挨拶もナシかよ?」
「ム、すまなかった。嬉しくてつい・・・その・・・・・・おかえり・・・」
 「久しぶりだな」でも「ようこそ」でもなく、愛する者の無事を確認するこの国特有の言葉と、長い睫毛を伏せ、頬をうっすらと染める御剣に狼が心臓を鷲掴みにされたのは言うまでもない。


「アンタも恋人にそんな顔見せられたら、『今夜は寝かせないぜコネコちゃん』ってなるだろ?!」
「はぁ・・・まぁ・・・そう、ですね・・・・・・」

 何処かで聞いた台詞だな、と思いながら成歩堂は曖昧に頷いた。
 なんで僕、惚気なんか聞かされてるんだろ・・・・・・?
 いや、待てよ。もしかしてとんでもない続きがあるのかも?
「ところがよ、アイツはそんな甘々ムードを見事にブチ壊してくれたんだぜ!」
「えーと、具体的にどのように?」
「よくぞ聞いてくれたぜ、ナットク君!」
「だから成歩堂ですって!」と何となく言いそびれてしまった。



 狼が胸キュンしている間に御剣はさっさとキットに向き直ると、法廷に立っている時のような険しい顔で説明書を睨みつけていた。
 そして見ている方がもどかしくなるくらいゆっくりと時間をかけて隅々まで目を通す。
 それからアタフタとまた鞄を探り、百均で売っているピルケースのような物を出すと、小さなビニールパックに入ったビーズをザラザラとあけた。
 ホゥ・・・と何やら安心したような溜息をこぼし、今度はテグスを握る。
 その右手がプルプルと震えているのを、狼は見逃さなかった。
 胡麻よりも小さいビーズを一粒に通した--と思うと、すぐにピンッと跳ねてビーズは何処かに消えてしまった。明らかに力の入りすぎだ。
 御剣は狼狽して辺りをキョロキョロと見回す。
 幸いなことに、木目の床に落ちた黒いビーズはよく目立った。
 キットは手軽だし、パーツの数にも少しばかり余分があるが、だからといって無駄にはできない。
 御剣はその後同じことを幾度も繰り返し、さすがに苛々した狼が口を開こうとした瞬間、ようやく幾つかのビーズをテグスに通しおおせた。
 説明書には所要時間3時間とある。御剣はここまでに40分を費やしている。

 おいおい、まさかこれが完成するまでオアズケなのか?


 会えなかった日々の分を一刻も早く取り戻したい狼としては、到底イタダケナイ話だった。
「あー、もう、貸せよ。アンタほんとに不器用だな!」
 ビーズ細工などさっさと終わらせて恋人とイチャイチャしたい狼は、御剣の手からテグスを奪うと、説明書通りにスルスルとビーズを通していった。
 テグスを奪われた瞬間こそ「な、何をする!」と抗議の声を上げた御剣だったが、すぐに大人しくなった。
 狼が横目で窺うと、心なしか肩を落としてションボリとしている。
 しばらくは隣に気配があったが、狼がビーズのマスコットを作り上げ、ストラップ部分を繋いだ時にはもう御剣の姿はリビングから消えていた。



「怜侍?」
 寝室でベッドに潜り込んだ御剣は、頭の先まで毛布を被っていた。
「怜侍、どうしたんだ?」
 施錠されたドアの向こうからはガチャガチャとノブを回す音と、狼の少し苛立った声が聞こえてくる。
「おい、開けろって!」
 御剣が尚も応じずにいると、業を煮やしたらしい狼が舌打ちをした。
「勝手に開けるぜ!後で文句言うなよ!」
 寝室の鍵はごくありふれた、狼にとっては存在しないも同然のものである。
 それを思い出して動揺した御剣は、慌てて拒絶の意思を示した。
「イヤだ!入るな!」
 何処からともなく取り出した針金でドアを開けようとしていた狼だが、中から聞こえてきた返事に驚き手を止めた。
 明らかに涙声だったのだ。
 口を開いたことで抑えきれなくなったのか、微かに嗚咽も漏れ てくる。
「怜侍?」
「入って・・・来たら・・・・・・し・・・でや・・・からな・・・」
 ヒック、グスッといやに幼なげな泣き声に紛れてよく聞き取れなかったが、不穏な決意を固めているらしいことだけは感じられた。
 
 翌朝。
 狼が目を覚ますとリビングのテーブルからは工具もキットも一切合切が消えていた。
 代わりに紙切れが一枚、ガラスのペーパーウェイトの下に・・・
『出掛けてくる。帰りは何時になるかわからない。すまないが食事は勝手に食べてくれ。冷蔵庫の物は好きに使ってくれて構わない』
 端正な文字で書かれたメッセージは、狼の手の中でグシャッと握り潰された。



「ひとつ質問なんですが、御剣は何を作ろうとしてたんですか?」
「ん? ああ、アレだよ。怜侍の好きな着ぐるみアニメの・・・ト・・・ト・・・」
「トノサマン、ですね」
「そうそう、それのストラップ」
「ストラップを・・・」
 御剣は折り鶴も満足に折れない自分の不器用さを十分承知しているはずだ。
 ビーズ細工なんて細かい作業が必要なものに、己れが向いていないことも解っていたに違いない。
 それでも敢えて挑戦したということは、トノサマンだったからという理由だけではあるまい。
 真宵ちゃん情報によると、確かビーズマスコットは『トノサマン手作りキット』の第2弾で、その前にフェルトマスコットが発売されていたはずだ。
 彼女が作ったものを御剣は喜んで受け取っていたが、自分で作ることはついぞなかったと記憶している。
「ええと、それで御剣は?」
「いないからこうして探してるんじゃねえか。何処か心当たりがないか、ナットク君?」
「成歩堂です。いい加減覚えてくれませんか」
「発音が難しいんだよ、アンタの名前」
「・・・・・・御剣も十分難しいと思うんですけど」
「だから怜侍と呼んでるだろ? ったく、同じ漢字文化圏なのになんだってニホン語はこんなにヤヤコシイんだ?」
 これも惚気なんだろうか?
 ヤヤコシイなんて言い訳までして成歩堂の名を意地でも呼ばないのは、おそらく嫉妬。
 御剣なら僕の事務所にいますよ、と言ってやったら鬼の形相に変化するかな?





「よし、出来た!」
「わあ! みつるぎ検事、すごいすごい! 綺麗に出来てますよ~」
「うム・・・これも真宵くんのおかげだ。ありがとう」
 御剣の手には真宵の指導のもと、ゆっくりと丁寧に丁寧に作られたトノサマンのストラップがあった。
 デザイナーのこだわりか、やたら細かいチョンマゲと扇に泣きそうになったが、苦労した分だけ完成した時の喜びはひとしおだ。
 会心の出来に目を輝かせる御剣は、その笑顔もやたらと眩しい。
 
 うわ~。みつるぎ検事にこんな顔させる人って誰なんだろ?
 
 御剣がトノサマンを自分のために作っているのではないことに、真宵は気付いていた。
 あの穏やかな眼差しは目の前のトノサマンを通して、愛しい誰かを見ていたに違いない。
 なるほどくん――は有り得ないか。そもそもトノサマンに興味持ってないし・・・・・・
「ね、ね、みつるぎ検事、それ誰にあげるんですか?」
「そ、それは・・・その・・・」
 真宵が尋ねると、御剣は白い頬を見事に色付かせた。
「す・・・すまない、真宵くん。私は・・・もう帰らねば。この礼は後日必ずさせていただく!」
 赤い顔のままアタフタとコートを手に取ると、御剣は事務所のドアを出て行った。
 その後帰って来た成歩堂に真宵が「ね、ね、なるほどくん。みつるぎ検事って時々すごぉくオトメだよね!」などと宣い、飲んでいたコーヒーを盛大に噴かせたとかなんとか。


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